サックス 出荷前調整と定期メンテナンス
当社では該当の楽器に対し、ご注文をいただいてから調整を行っています。ただし、Jマイケル、ケルントナーなどの一部直送品を除きます。直送品の場合でもメーカー側へ調整をお願いしています。
管楽器は状態変化のある楽器のため調整の作り置きができません。よって、多くの場合、出荷日の前日や当日に技術スタッフが実際に作業を行います。
店頭で買ったら、事前に調整してもらえるでしょうか。日々の変化においては仮に店頭購入したからといって安心できないのです。
▼楽器の状態変化について
メーカーで検品・調整された楽器が当社へ納品されます。しかしながら、100%の状態であった楽器は振動や素材の特性、気温や湿度、保管状態、保管期間によって変化し残念ながら100%の状態を維持することができません。それは楽器の値段に関わらず楽器の特性であり奏者はそれを理解し付き合っていく必要があるのです。当社の行う出荷前調整は、この楽器の状態をより100%に近づける作業とも言えます。新品、未開封を好む方もおられますが、管楽器においては未開封でも仮に1年前の在庫品であれば残念ながらもうその楽器のクオリティはしっかり発揮されない状態かもしれません。一部のサックスはメーカー出荷時にはキイにコルクが挟まれた状態で、それによって状態変化を最小限にとどめておけるなど配慮されているものもあります。
▼調整について
調整という範疇でいえば、楽器の状態が90%の状態でも80%の状態でもそれは不具合ではありません。それが例えば30%、20%などという状態にもなれば演奏するにあたり何らかの問題を感じられることにもなるかもしれません。初心者、あるいはご経験者でも調整の精度の見極めは難しいと思います。楽器は個体差や個性もありますので、例えば音が鳴りにくいのが抵抗感から来るものからなのか、あるいはどこからか息漏れしているからなのか、といった具合です。楽器によって高音が鳴りやすいもの低音が鳴らしやすいもの、色々ありますので、たとえ違和感を感じられたとしても必ずしも何かのせいではないかもしれません。
▼調整と精度について
メーカーから弊社へ納品される楽器の状態は、安い楽器はしっかり調整されていない状態が多く、高い楽器はしっかり調整された状態で届く傾向にあると思います。これは元々の楽器の精度の問題と、コストの問題があります。
仮に精度の違う楽器に対し同じ作業工程で調整をしたとしても安い楽器の方が楽器の精度が悪いため、手間と時間がかかります。つまり、安い楽器においてはある程度許容範囲の状態で検品にクリアしないと、人件費=コストが上がってしまうので、安い値段で販売ができなくなります。安いものが値段なりであるのはこういうことです。
精度の悪い楽器は精度の高い楽器より調整の幅が狭く全体のバランスを調整するには技量が必要となります。キイが沢山ある楽器ですので、1つの箇所に手を入れるとどこか違う部分で状態が変わります。そこをまた修正して...という作業が続くわけです。安い管楽器の扱いや修理の持ち込みが敬遠されたりする背景にはこともあるかもしれませんね。上記の通りとなり、安い楽器(精度の悪い楽器)ほど調整をすることによって起こる状態変化の振り幅は広いと言えます。
▼サックスの定期メンテナンスは半年に1回くらいがおすすめ。
管楽器は定期メンテナンスが必要と言われます。基本的に調整は楽器の構造とその作業技術を学んだ技術スタッフが行うもので、プロでも個人で行う方は殆どおられません。たまに安い楽器にドライバーなど入っていることもありますが、まず使わない方が良いでしょう。楽器は使用してもしなくても状態変化は進行していきます。また楽器によって推奨される定期的なメンテナンスの頻度が変わります。それは、楽器の構造、使用されているパーツや素材が異なるからです。ちなみにフルートなんかはかなりデリケートで1週間という短い期間でもバランス等が大きく変化こともあるくらいです。サックスでもメーカーや品番によってパッド表面の皮が違うことがあるのでその点で耐久性や撥水性が変化します。使用頻度や使われているパーツなどは個人によって異なり、ちょっとしたバランスの崩れはなかなか気づきにくいためあくまで目安とされています。
▼調整をしていない楽器、メンテナンスをしていない楽器はどうなるの?
調整が崩れた楽器とは全部の部品に少しづつ緩みある状態だと想像してみて下さい。1つの箇所だけであれば全体への影響は少ないかもしれませんが、その少しづつの誤差を全て足したら大きな誤差になりますよね。1箇所の部品が完全に外れていれば気づくかもしれませんが、ちょっとづつではなかなか気づくことができません。あなたにとって急な故障でも経年劣化は日々の積み重ね。楽器の状態は徐々に進行しているのです。
・楽器の連動を司る調整ネジが緩みます。音を出せばキイを動かすだけではなく楽器自体の振動により緩みが発生するのですが、これによって各部に息漏れが発生し音が出しにくくなったりします。(低音やPPなどの音は特に)
・パッドが劣化し破れることによって、キイを抑えてもきっちり抑えきれず息漏れが発生し音が出しにくくなります。また、パッドには緑青や汚れが付着しやすく不衛生な状態になってしまうこともあります。
・キィの隙間から汚れが入り込み、キィの動きが悪くなってきます。さらに放置すると錆が発生し、キィを押した後戻らなくなることもあります。キイにはオイルなども使用しますので、それによってホコリなどは非常に付着しやすい状態でもあります。
・左手主列、右手主列に使われているフェルトやコルクは時間が経つにつれて潰れたり収縮していきます。交換せずにいると連動が崩れる原因にもなり、最終的に音が出しにくくなります。
・管体保護の緩衝材パーツも時間が経つにつれて潰れたり収縮していきます。接着剤で付いていたりするので、接着力が落ち仮に取れてしまっても支えのパーツにつき気づかぬうちに無くしてしまっていたりすることもしばしば。これによって支えがないため負荷がかかってしまい最終的にバランスが崩れてしまうことにもなりかねません。
▼出荷前に行う調整内容の例
●キイの隙間にコルクが挟まっている場合、それを取り除きます。(状態変化を最小限にとどめておく配慮として出荷時についているもの。)
●連動キイ以外のキイ調整
以下のキイに対しタンポと音孔の隙間がないか目視確認し、その後、フィラーゲージをキイに挟み抵抗があるかどうかを確認します。
・HighF#キィ
・HighFキィ
・HighEキィ
・HighE♭キィ
・HighDキィ
・Gキィ
・サイドCキィ
・サイドB♭キィ
・サイドF#キィ
・E♭キィ
・LowCキィ
●連動キイ調整
以下の各キィについている調整ネジとキィの角度を調整して1つ1つのキィがしっかりと閉じるように調整します。
・左手主列 3か所(Cキィ-Bキィ、Cキィ-Aキィ、B♭キィ-Aキィ)
・右手主列 5か所(G#キィ-F#キィ、F#キィ-B♭キィ、F#キィ-Fキィ、F#キィ-Eキィ、F#キィ-Dキィ)
・テーブルキィ 2か所(LowC#キィ-LowBキィ、LowBキィ-LowB♭キィ)
・オクターブキィ 1か所(ネックオクターブキィ-オクターブ連絡棒)
●連動キイに付随する調節ネジの調整
総合計 8か所のネジで、完全に締め切らないネジにつき適度な状態であることを目視、感触、フィラーゲージを使い確認します。技術スタッフだからこそ判断できる重要な部分です。
●ネックの嵌合確認
ネックを実際に装着し、適切な固さで脱着できるか、演奏時にネックが動かないかを確認します。問題が感じられた場合にはネックとソケット部分の掃除を行い、研磨剤などで微調整を行います。
●オクターブキイの確認
ネックオクターブキィとネック連絡棒の部分に隙間があるか確認します。隙間がない場合にはネックオクターブキィの角度を変えて隙間を作ります。
●ピボットネジと芯金の状態確認
ピボットネジとはキイを支えるネジで、そのネジにドライバーを挿し込み、キツく閉めすぎていないかを確認しますが、キイの動きに関わる部分であり適度な締め具合が必要となります。技術スタッフだからこそ判断できる重要な部分です。
●パーツの状態確認
キィの裏側についているコルクなどが剥がれていないか確認します。剥がれている場合はコルクなどをこちらで成形し接着します。(コルク、ハイコテックス、フェルトの総合計27個)
●試奏
・全ての音が正しくなっているか確認します。
・最低音が問題なく出せるどうか確認します。
・息のスピードを遅くした状態でも許容範囲かどうか確認します。
・替え指を使用して音が出るか確認します。
・オクターブキィを使用して、オクターブの跳躍が出来るかを確認します。
・FキィからDキィ(ファ、ミ、レの運指)を使用する際に、G#キィレバーを押しても音が正常になるか確認します。(G#キィとF#キィの連動が正常か確認しています。)
●掃除
・ネックと本体内部の水分を除去します。
・管体についている指紋、汚れをしっかりと拭き取ります。
※マウスピースは付属品につき目視確認のみとなり、基本的には試奏を行わないことが殆どです。
●最後に再度、外観に凹みなど異常がないか確認をします。
▼個体差について
同じモデル(型番)の楽器でも全く同じではありません。機械製造でもハンドメイドでもそうです。だからこそ選定品なども存在しています。間違えてはいけないのが、本来の個体差とは品質の善し悪しではないということ。どんなに他人が良いものを選んだとしても自分に合っているかは結局のところ分からないのです。個体差とは例えば同じ型番のものでもこっちの方が吹きやすい、とか、響きが良いな、とか、分かりやすくいうとそのような違いがあることですが、それは調整云々の話しではありません。調整はあくまでもその個体において100%の状態に近づける作業であり、楽器自体の本来のクオリティが変わるわけではありません。ただ、安い管楽器においては個体差によって調整の振り幅の限界の違いもあるとは思います。(そもそもの個体の精度が悪く調整してもちょっと吹きにくいなど...)弊社で楽器の調整をした場合、最低限のメーカーの検品の見落としである不良品が手元に届く可能性が少なくなるということ。また、その個体の持つ最大限の状態で出荷された楽器が手元に届くというようにイメージしていただくと分かりやすいと思います。
▼調整内容の管理について
調整がなされた楽器かどうかは技術者以外では判断が難しいです。信用問題にはなりますが、当社では調整をしたお客様の情報と施した内容を記録し管理しております。修理明細などは控えがあったりしますが、新品の製品販売において細かい調整資料を当店のように管理はしているお店さんは少ないのではないかと思います。その記録はときにお客様のご不安を取り除くことにもなり、再びメンテナンスのご依頼をされたときの情報にもなります。また楽器の個性や性質を知る資料にもなっています。